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アイスが食べたいと言って、進藤はいきなり近くのコンビニに入ってしまった。
すぐ出て来るからそこで待っててと言われて大人しく待ち、本当に数分経たずに戻って来たことに少し驚いた。
「随分早いな」
「ん。食べたいもの決まっていたから」
そしてガサガサと揺れるビニール袋を持ち上げて見せた。
「やっぱこういう日はさ、ソーダ味のアイスだって」
自信満々そう言われてぼくはすぐに返せなかった。
よく晴れた日ならばよく解る。最近は6月でも真夏のように蒸し暑い日も多いから、そんな時にさっぱりとしたソーダ味のアイスを食べたくなる気持ちは解るのだ。
(でも、今日は雨じゃないか)
朝からしとしと降っていて、今はほとんど止んではいるけれど、空はどんより曇っている。とても空色のアイスが似合う天気だとは思えない。
なのに進藤はすぐにそれを取り出して袋を破ると食べ始めた。
「今、食べるのか」
「ん。今食べたかったから買ったんだし」
当たり前のような顔で言うけれど、普段進藤はあまりこういう歩き食いはしない。
そもそも家までそう何分もかからないのだから、少し待ってゆっくり家で食べればいいのだ。
それをどうしてと疑問がそのまま顔に出ていたのだろうか。「はい」といきなり食べかけを差し出されてぼくは面食らった。
「何?」
「お裾分け。美味いよ。さっぱりしててすげー美味い」
だからおまえも食べてみろよと言われて仕方無く受け取って一口食べる。
「確かにさっぱりして美味しいけど…」
それでもどうして彼が今、それも家まで待て無い程にこれを食べたかったのかがわからない。
「別に、どーゆーってわけじゃないけどさ」
そういう気分の時ってあるじゃんかと、彼は曇った空を見上げて言うと、ぼくが返したアイスに齧り付いた。
行儀悪い、子どもみたいだ、スーツに欠片が落ちるじゃないかと色々言いたくなって、それでも黙った。
「…そうだね、確かにそういう気分になることもあるかもしれない」
今日棋院の事務室で、海外の棋士の訃報を聞いた。それをふと思い出したのだ。
台湾に行った時に一度だけ会った。現地での手配をしてくれた人で、結局打つ時間は持てなくて、いつかまた会った時にと約束して別れた。
けれど台湾と日本でそうそう機会が持てるわけも無く、数年経った今、その機会は永遠に失われてしまった。
言われてもぱっと顔を思い出すことも出来ず、でもその節くれ立った指だけはよく覚えている。あの指が石を置く所を結局一度も見られなかったなと、それは心の隅に空いた小さな穴になった。
そしてそれはたぶん進藤も同じだったんだろう。
悲しむとか、悼むとか、そんなことをするほど近く無く、でも失ったという感覚が確かにある。
その気持ちが彼に曇天の下、アイスを買わせたのだとやっとぼくにも理解出来た。
「もう一口食う?」
沈黙をどうとったのか、三分の一ほどになったアイスを進藤はぼくに差し出した。
目の前の信号を渡って数メートル歩けば、もうマンションに着いてしまう。普段のぼくなら断るけれど、今は断る気持ちになれなかった。
「…貰おうかな」
正しいとか正しく無いとか解らないけれど。
(でも確かに)
こんな日は、切ない程青い空色のアイスを食べるのが何をするより相応しいと思ったのだった。
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